エロゲ備忘録~徒然なるままに~

アメーバにて受験生ブログを書いていた元浪人生です。勉強もせずエロゲばかりやっていました。エロゲの感想や個人的批評でも書きます。あくまで備忘録に過ぎませんので比較的薄っぺらい内容の話しかしませんのであしからず…。(2017年追記 〇都大学法学部に合格いたしました)

amazarashiへの考察『爆弾の作り方』(9979文字)【amazarashi】【爆弾の作り方】【考察】

前回の次回予告では「H2O√aaaCSE」となっていましたが、まだプレイ中ですので予定を先延ばしにしてamazarashiについて書きたいと思います。

 

京大は単位が降ってくる、とか言われていますけど、アレ絶対嘘ですから…

 

全学共通科目ならまだしも、学部専門科目(特に法学部)はむしろ難関です。

 

一応今回で2回目となっているのですが、amazarashiについては前回の記事をご参照ください。

 

↓前回記事はこち

ame-sara1126.hatenablog.jp

 

では、今回も同じように歌詞への考察をしていきたいと思います。

 

今回紹介するのは、2010年にリリースされた「爆弾の作り方」です。

 

爆弾の作り方

爆弾の作り方

 

 

※収録されている全曲を紹介するわけではありません。あくまで僕個人が厳選した数曲についてです。独断と偏見に基づいておりますが、あしからず…

 

※考察部分の語尾は、ですます調にしていませんが、特に意味はありません。

 

~目次~

・夏を待っていました(歌詞・詩・考察)

・無題(歌詞・紹介)

・爆弾の作り方(歌詞・詩・考察)

・隅田川(歌詞・紹介)

 

夏を待っていました


amazarashi 『夏を待っていました』

君はまだ覚えてるかな 幼い頃の暑い六月

廃線になった線路を 僕等はどこまでも歩いた

乗り気で水筒なんかを ぶら下げてきた雅敏は

おじちゃんに買ってもらった マウンテンバイクを自慢した

 

「けどな 俺はおじちゃんが嫌いなんだ 

 母ちゃんをいつも泣かせてばかいるから」

 

僕はなんだか気まずくなって 目をそらしたんだ

雅敏の顔に大きな 青痣があったから

 

降り出した夕立に走り出す つぶれた無人駅で雨宿り

明日は何して明後日は何して

くだらない話で笑い転げる 嵐の予感に胸が高鳴る

あの時僕ら皆は確かに 夏を待っていました

 

ここに居たくないってのと どこかに行きたいってのは

同じ意味なのかな なんにしろ歩こうか

体育と部活が何より苦手な靖人は とうとう膝を抱えてこう呟いた

 

「僕はいつも皆に置いてきぼりで 本当にダメなやつでごめんな」

 

僕等はなんだか笑ってしまった つられて靖人も涙目で笑った

 

背の高い夏草でかくれんぼ 鬼は迫りくる時間の流れ

もういいかいまだだよって叫んだよ

僕は今も見つからないままで あの時と同じ膝を抱えて

部屋から青い空を見上げて 夏を待っていました

 

身長が高くて喧嘩が強い 太平はいつも無茶な遊びを思いつく

 

「この鉄橋に一番 長くぶら下がったやつの 

 言うことは何でも 聞かなきゃダメだぜ」

 

僕等はびびって出来なかったけど 太平は平気な顔でぶら下がる

七年後に太平はビルから飛び降りた そんな勇気なら無い方が良かった

 

高層ビルの下でかくれんぼ あれから何年が経っただろう

もういいかいまだだよって声もない

もしも今日があの日の続きなら 僕等の冒険を続けなくちゃ

六月の空を僕は見上げて 夏を待っていました

 

amazarashi 夏を待っていました

 

この曲は、amazarashiにはよくある物語調の曲です。

 

amazarashiの曲の中には歌詞自体が1つの物語になっている楽曲が存在します。

 

ですが、それはただの物語に留まらず、そこから読み取れるメッセージ必ず存在しています。

 

だからこそ、考察が必要になってくると思うのです。

 

この「夏を待っていました」もそうした曲の1つです。

 

では、さっそく考察をしていきたいと思います。

 

その際に参考にした詩も一緒に載せておきます。

 

君はまだ覚えているかな

あの暑い夏の日の冒険を

 

あの長くて真っ直ぐな線路を歩き続けて

いつの間にか僕等は離れ離れ

そして、僕は今日に流れ着いた

 

あの日、僕等は世界の果てにでも

辿り着けると思っていたし

 

映画の結末みたいな

本のエピローグみたいな

アニメのエンディングみたいな

感動的な最終回が

いつかはやってくるんだと思っていた

 

今の僕はだいたい何話目なのかな

分からないけど

ここを最終回にはできないよな

 

amazarashi 夏を待っていました 詩 

 

では、上の詩と歌詞を参照した、僕なりの考察を書きたいと思います。

 

君はまだ覚えているかな 幼い頃の暑い六月

廃線になった線路を 僕等はどこまでも歩いた

乗り気で水筒なんかを ぶら下げてきた雅敏は

おじちゃんに買ってもらった マウンテンバイクを自慢した

 

「けどな 俺はおじちゃんが嫌いなんだ

 母ちゃんをいつも泣かせてばかりいるから」

 

僕は何だか気まずくなって 目をそらしたんだ

雅敏の顔に大きな 青痣があったから

 

 ここまでで登場した人物は「」と「雅敏

 

「僕」が「あの幼い頃の暑い六月」を回想していく形の歌詞となっている。

 

「僕等」は廃線になった線路を歩いていく。それは彼らの冒険だった。

 

「雅敏」は乗り気で水筒をぶら下げ、おじちゃんに買ってもらったマウンテンバイクを自慢している。

 

しかし、「雅敏」にも彼なりの「弱さ」があった。

 

「雅敏」はおじちゃんが嫌いだ。おじちゃんは母ちゃんをいつも泣かせてばかりいる。

 

ここから読み取れるのは、「雅敏」の家には、家庭環境に問題があるという事だろう。

 

それを証明するかのように、「雅敏」の顔には大きな青痣があった。

 

子供だった「僕」にとって、それはとても対処できるものではない。

 

だから「僕」は気まずくなって、目をそらすしかなかった。

 

ここには「僕」なりの「弱さ」が見て取れるだろう。

 

子供であったから仕方のないことではあるが、少なくとも「僕」にとっては、何もしてあげることのできないことは明らかに「弱さ」だった。

 

 降り出した夕立に走り出す つぶれた無人駅で雨宿り

明日は何して明後日は何して

くだらない話で笑い転げる 嵐の予感に胸が高鳴る

あの時僕等皆は確かに 夏を待っていました

 

廃線になった線路を歩いていた、冒険をしていた彼らだったが、夕立に遭い雨が降り出してくる。彼らはつぶれた無人駅で雨宿りをする。

 

明日は何する?明後日は何して遊ぶ?

 

くだらない話で笑い合い、夏休みを楽しむ彼ら。

 

子供たちにとって夏休みは何よりの楽しみだろう。

 

それは彼らにとっても例外ではなく、彼らも彼らの夏休みを満喫していた。

 

子供だったあの時の彼らは、夏を心待ちにしていた。彼らは、夏を待っていた。

 

ここに居たくないってのと どこかに行きたいってのは

同じ意味なのかな 何にしろ歩こうか

体育と部活が何より苦手な靖人は とうとう膝を抱えてこう呟いた

 

「僕はいつも皆に置いてきぼりで 本当にダメなやつでごめんな」

 

僕等は何だか笑ってしまった つられて靖人も涙目で笑った

 

ここで「靖人」という新たな登場人物が現れる。

 

「靖人」は体育と部活が何より苦手。つまり運動音痴である。

 

それは彼の自信を奪っていく。

 

自分に自信が持てないことが「靖人」なりの「弱さ」であった。

 

背の高い夏草でかくれんぼ 鬼は迫り来る時間の流れ

もういいかいまだだよって叫んだよ

 

彼らの夏休みは依然として楽しい時間だった。

 

かくれんぼをしたりして楽しく遊んでいた彼ら。

 

かくれんぼの鬼は迫り来る時間の流れ。

 

夏が終わってしまうことが何より嫌な彼らにとっては、かくれんぼの真の鬼は迫り来る時間であった。

 

身長が高くて喧嘩が強い 太平はいつも無茶な遊びを思いつく

 

「この鉄橋に一番 長くぶら下がったやつの

 言うことは何でも 聞かなきゃダメだぜ」

 

僕等はびびって出来なかったけど 太平は平気な顔でぶら下がる

 

最後の登場人物、「太平

 

彼は、身長も高く、喧嘩も強い。

 

「太平」は、「僕」「雅敏」「靖人」が抱くような「弱さ」を持ち合わせてはいない。

 

彼らを束ねる存在である「太平」は、一見誰よりも「強い」人間であるように見えた。

 

見えたというより、事実、あの時の彼らにとっては「太平」は誰よりも強い存在であったのだろう。

 

七年後に太平は ビルから飛び降りた

そんな勇気なら無い方が良かった 

 

しかし七年後、「太平」はビルから飛び降りた。つまり自殺した。

 

彼に何があったのかは知る由がない。

 

子供にとっての七年後は、到底想像できないものだろう。

 

大人になってしまえば、七年後だろうが十年後だろうが、自分がどうなっているかはある程度予想がつくだろう。

 

一度就職し家庭を持ってしまえば、七年経とうが、変わっているのは我が子だけで、自分自身にさほどの変化はないだろう。

 

しかし子供にとっての七年間は大人にとってのそれとは明らかに違う。

 

七年後、自分がどうなっているかなど、子供の彼らには想像できない。

 

おそらく、「太平」の七年間に、彼を自殺に追い込むような何かがあったのだろう。

 

だが、それは「太平」だけに訪れたものではなかったはずだ。

 

「僕」にも「雅敏」にも「靖人」にも、同じように苦悩があったはずだ。

 

だが、「太平」だけが自殺してしまった。

 

4人の中で一番強い者であると思われた「太平」が、一番弱い者が選ぶであろうと思われる「自殺」という道を選んだ。

 

ここにamazarashiのメッセージが読み取れるのではないだろうか。

 

自分の「弱さ」を自覚した(「弱い」と思い込んだ)者は、ある意味では、「強い」人間である。

 

自分が「強い」と思い込んでいる者は、かえって、いったん自分の「弱さ」が露見するとその「弱さ」を受け入れることが出来ない。

 

高層ビルの下でかくれんぼ あれから何年が経っただろう

もういいかいまだだよって声もない

もしも今日があの日の続きなら 僕等の冒険を続けなくちゃ

六月の空を僕は見上げて 夏を待っていました

 

さらに時間は流れ、大人になった彼らは、高層ビル街で仕事をしている。

 

背の高い夏草でかくれんぼをしたあのころとは対照的に、今度は、「もういいかい」「まだだよ」の声も当然聞こえてこない。

 

しかし「六月」は毎年毎年やってくる。

 

「僕」は、高層ビル街から見える六月の空を見上げる。

 

この最後の「夏を待っていました」は、それまでの「夏を待っていました」とは違う意味で語られているだろう。

 

子供の時の「僕」にとっては、夏は楽しい思い出そのものであり、まさしく「夏を待っていました」なのだろう。

 

しかし大人になった「僕」にとっては、夏は思い出したくないものとなった。

 

大人になった「僕」に、文字通りの夏休みは当然ないだろうが、六月が来るたびにあの頃を思い出してしまう。

 

そのたびに「太平」の死などを思い出す。

 

だから、この最後の「夏を待っていました」は痛烈な皮肉だ。

 

amazarashiは度々こうした皮肉を歌詞に織り込む。

 

言葉通りに受け取ってしまうと、真意とは全く異なった解釈をしてしまうかもしれない。

 

だからこそ、時にはこうして歌詞を自分なりに考察してみることが大切だと思う。

 

無題


amazarashi 『無題』

 木造アパートの一階で 彼は夢中で絵を描いていた
描きたかったのは自分の事 自分を取り巻く世界のこと
小さな頃から絵が好きだった 理由は皆が褒めてくれるから
でも今じゃ褒めてくれるのは 一緒に暮らしている彼女だけ
でも彼はそれで幸せだった すれ違いの毎日だけど
彼女はいつもの置手紙 桜模様の便箋が愛しい
気づいたら夜が明けていた 気づいたら日が暮れていた
気づいたら冬が終わってた その日初めて絵が売れた

狀況はすでに変わり始めてた 次の月には彼の絵は全て売れた
変わってくのは いつも風景
誰もが彼の絵を稱えてくれた 彼女は嬉しそうに彼にこう言った
信じてた事 正しかった
正しかった

絵を買ってくれた人達から 時々感謝の手紙を貰った
感謝される覚えもないが 嫌な気がするわけもない
小さな部屋に少しずつ増える 寶物が彼は嬉しかった
いつまでもこんな狀況が 続いてくれたらいいと思った
彼はますます絵が好きになった もっと素晴らしい絵を描きたい
描きたいのは自分の事 もっと深い本當の事
最高傑作が出來た 彼女も素敵ねと笑った
誰もが目をそむける様な 人のあさましい本性の絵

誰もが彼の絵に眉をひそめた まるで潮が引くように人々は去った
変わってくのは いつも風景
人々は彼を無能だと嘲る 喧嘩が増えた二人もやがて別れた
信じてた事 間違ってたかな
間違ってたかな

木造アパートの一階で 彼は今でも絵を描いている
描きたかったのは自分の事 結局空っぽな僕の事
小さな頃から絵が好きだった 理由は今じゃもう分からないよ
褒めてくれる人はもう居ない
増える絵にもう名前などない

気付けばどれくらい月日が過ぎたろう その日久々に一枚の絵が売れた
変わってくのは いつも風景
その買主から手紙が屆いた 桜模様の便箋にただ一言
信じてた事 正しかった
正しかった

信じてた事 正しかった
正しかった
信じてた事 正しかった
正しかった

 

amazarashi 無題

 

こちらも同じく物語調の楽曲となっています。

 

ですが、こちらは解釈がしやすいので、考察を書くのは控えたいと思います。

 

まるで短編小説を読んだと錯覚してしまうほど、奥深い歌詞となっています。

 

歌詞を一読するだけでも解釈は容易ですし、幸いにも公式MVがYouTubeにありますのでそちらのアニメーションを一緒に観ていただければと思います。

 

amazarashiはMVのアニメーションが高い評価を得ていることでも有名ですので、質の高さは保障されています。

 

爆弾の作り方

干からびた栄光が 国道沿い 血も流さず潰れているぜ
欠陥だらけの僕らの 苦悩もこれまた無残な廃品
歌にしたって誰も聴かないし いまだに金にもならねぇし
今日も夕焼けの帰り道 くすぶってんのはどこのどいつだ

分からないものは分からないし
やりたくないことはやらないし
そう言ってら落伍者扱い 立派な社会不適合者
やり続けることの情熱も 今じゃ余計な不穏分子
純粋でいることの代償は つまり居場所が無いって事だ

行き場の無いイノセンス イノセンス 今に見てろって部屋にこもって
爆弾を一人作る 僕らの薄弱なアイデンティティ
ひび割れたイノセンス イノセンス こんなんじゃないって奮い立って
僕は戦う つまりそれが 僕等にとって唯一の免罪符

誰よりも優しい あの子が息を潜めて泣いています
街の噂で聞いたんだ これがきっとこの世で一番の不条理
街には危険がいっぱいだから 誰にも会わず自分を守る
僕等は常に武器を探してる それがナイフじゃないことを祈る

張り裂けた胸はくっつかない
セロハンテープでとめた心
またいつ剥がれるのかと 今日もびくびくしながら生きるぜ
間違ってしまった僕等の たった一つ正しい涙
潔白でいる事の代償は 誰かを傷つけるって事だ

行き場の無いイノセンス イノセンス 今に見てろって部屋にこもって
爆弾を一人作る 僕らの薄弱なアイデンティティ
ひび割れたイノセンス イノセンス こんなんじゃないって奮い立って
僕は戦う つまりそれが 僕等にとって唯一の免罪符

許されない僕等が 許されるための手段
傷つきやすい僕等が 身を守るための方法
僕は歌で 君はなにで?
僕は歌で 君はなにで?

行き場の無いイノセンス イノセンス もう泣かないでまた立ち上がって
底知れない君の武器で 打ち砕く虚無的なイデオロギー
ひび割れたイノセンス イノセンス 追いすがる不安振りきる為に
僕は歌う つまりそれが 僕の兵器でありアイデンティティ

 

amazarashi 爆弾の作り方

 

 楽曲を聴ける動画がありませんでしたので、この曲は音源がありませんが、歌詞だけで勘弁してください…

 

アルバムのタイトル名にもなっているこの「爆弾の作り方」は、このアルバムの中でも一番メッセージ性に強い曲になっていると思います。

 

自意識の袋小路

悲鳴を上げた心象風景

窓ガラスに黒いゴミ袋

数か月分のアルバイト雑誌と

丁度同じ高さに

積み上げられたルサンチマン

「僕は特別だ」だけがよりどころの

その他大勢としての僕

 

一つの事から目を逸らし続けるのは

一つの事を見つめ続けるのと

同じくらい危険だ

 

僕は空っぽだから

戦う術がないから

皆を見返すにはこれしか方法がなかった

 

笑った奴らを

見下した奴らを

皆ぶっ殺してやる

 

bakudannotsukurikata.html

 

そんな僕の黒く淀んだ部分は

全部フォルダの中にしまってあって

誰にも見せられない

 

amazarashi 爆弾の作り方 詩

 

では、上の詩と歌詞を参照した僕なりの考察を書いていきたいと思います。

 

歌にしたって誰も聴かないし いまだに金にもならねぇし

今日も夕焼けの帰り道 くすぶってんのはどこのどいつだ

 

分からないものは分からないし

やりたくないことはやらないし

そう言ってら落伍者扱い 立派な社会不適合者

やり続けることの情熱も 今じゃ余計な不穏分子

純粋でいることの代償は つまり居場所がないってことだ

 

張り裂けた胸はくっつかない

セロハンテープでとめた心

またいつ剝がれるのかと 今日もびくびくしながら生きるぜ

間違ってしまった僕等の たった一つ正しい涙

潔白でいる事の代償は 誰かを傷つけるって事だ

 

この「爆弾の作り方」の最大のテーマは「純粋さ(イノセンス innocence)」であろう。

 

純粋であろうとする者が、社会に抗っていく様が描かれている。

 

「歌にしたって誰も聴かないし」と歌詞にあるように、おそらく、この曲の主人公はamazarashiの秋田ひろむ本人であると思われる。

 

※ここでは便宜上、この曲の主人公を「彼」と表記する。

 

この世界は、今も昔も、「純粋」であり続けることが難しいようにできている。

 

「純粋」であり続けようとして、悲劇の結末を迎えた偉人たちだって、過去に何人もいた。

 

その中には文献にさえ残ることのなかった悲劇のヒーロー、ヒロインたちがいただろう。

 

だが、それでも純粋さを貫こうとする人間は必ず一定数存在する。

 

その1人が「彼」だった。

 

「彼」は苦悩を抱え、その苦悩を歌にして他者に届けようとする。

 

しかしその歌を聴いてくれる人もいないし、お金にもならない。

 

自分が納得いかないことは、正直に納得いかないと抗議し、自分がやるべきでないと思ったことは、正直に辞退を申し出る。

 

そんな生き方をしている「彼」は世界から落伍者扱いを受ける。まさに、立派な社会不適合者だ。

 

この世界では、やり続けることの情熱さえも、不穏分子として忌み嫌われてしまう。

 

社会の秩序を保つことが何より重視すべきことであり、保守的な考えを保とうとする。

 

だから「彼」は世界から拒絶されてしまう。

 

この世界では、「純粋」であろうとすることの代償は、世界から拒絶され、居場所を失うということだった。

 

もはや「彼」の意志は世界への「ルサンチマン(怨恨)」ともいえるかもしれない。

 

行き場のないイノセンス イノセンス

今に見てろって部屋にこもって

爆弾を一人作る 僕等の薄弱なアイデンティティ

ひび割れたイノセンス イノセンス

こんなんじゃないって奮い立って

僕は戦う つまりそれが僕等にとって唯一の免罪符

 

多くの人はそれで「純粋」であろうという意思を捨ててしまう。

 

おそらく誰もが一度は「純粋さ」を持っていたはずだ。

 

それは「中二病」と切り捨てられてきた考えかもしれないし、「一人はみんなのために」という考えのもとで埋没していった考えかもしれない。

 

しかし、「彼」は「純粋」であろうとする情熱を捨てたりはしなかった。

 

「彼」が「純粋」を守ろうと手にした武器は「爆弾」という名の「アイデンティティー」だった。

 

ここの「爆弾」というのは文字通りの爆弾ではなく、広義的に、「純粋であろうとする情熱を世界による拒絶から守ろうとする武器」という意味で用いられていると思われる。

 

その武器はもちろん様々なものがあるだろう。

 

自分は他人とは違うと信じて閉じこもる方法もあるだろうし、周りはバカばかりだと周囲を見下して生きる方法もあるだろう。

 

だが、「彼」にとっての武器は、「アイデンティティー」だった。

 

「純粋」であろうとすると、その代償として居場所を失ってしまう。

 

だが、そこで情熱を失うのではなく、自分は自分であるという確固たるアイデンティティーを抱く。

 

たとえそれが薄弱なものであっても、それは唯一の「武器」になり得る。

 

そしてそれは「武器」であると同時に、「彼」が「戦う=純粋であろうとする情熱を世界による拒絶から守る」ことを続けるための「免罪符」でもあった。

 

誰よりも優しい あの子が息をひそめて泣いています

街の噂で聞いたんだ これがきっとこの世で一番の不条理

街には危険がいっぱいだから 誰にも会わず自分を守る

僕等は常に武器を探してる それがナイフじゃないことを祈る

 

amazarashiの曲では「あの子」や「少女」といった表現で、「純粋さ」を表現することが多い。

 

この「爆弾の作り方」でも「あの子」が息をひそめて泣いているとある。

 

これは「純粋さ」が失われつつあることを表現していると思われる。

 

それを守るためには武器を手に取る必要がある。

 

だが、それはナイフであってはならない。

 

世界を敵に回してはならないというわけではないが、暴力という手段に打って出てはならないというメッセージだろう。

 

許されない僕等が許されるための手段

傷つきやすい僕等が身を守るための方法

僕は歌で 君はなにで?

僕は歌で 君はなにで?

 

行き場のないイノセンス イノセンス

もう泣かないでまた立ち上がって

底知れない君の武器で 打ち砕く虚無的なイデオロギー

ひび割れたイノセンス イノセンス

追いすがる不安振り切るために

僕は歌う つまりそれが僕の兵器でありアイデンティティ

 

「彼」は「歌」という形で「純粋さ」を貫こうとしたわけだ。

 

そしてamazarashiはこの曲で「きみはなにで貫くのか?」と問いかけてくる。

 

前述の通り、それには多種多様の方法があるだろう。

 

だが、ナイフ=暴力であってはならない。

 

それ以外であれば何でもいい。

 

それが何であれ、それは「純粋さ」を守る「武器、兵器」となり、「免罪符」として精神面から支えてくれるものとなるだろう。

 

隅田川

面映い思い出一つ 紐解く手が震えています
幸せとは つまり つまり あなたのことです
古い歌口ずさむたび それと見紛う面影を見る
さわれないなら いっそ いっそ 消えてください


日暮れて 連れあう街に蟬時雨
繋いだ手と手を離さなきゃよかった
僕を支えてくれていたのは いつだって
笑いあう喜びでした 許しあういたわりでした
見落としそうな程小さな 特別達でした


隅田川花火が咲いて
散るまでには会いに行きます
移ろう季節の真ん中で全てが綺麗だった

浴衣帯 盆提灯が照らしだす 朱色の影絵
心の中 ずっと ずっと 張り付いてます
変わらない町並みふきだした二人
変わっていたのは僕等だけですね

日々を鮮やかに変えていたのは いつだって
重ねあう優しさでした 言い合える絆でした
忘れてしまう程些細な 特別達でした


隅田川花火が咲いて
散るまでには会いに行きます
移ろう季節に留る事できないと知りながら

火影に群がる蟲として
僕はあなたに焦がれて
幼い強がりかなぐり捨てて
素直になれたらそれで良かったんだ


本当に欲しかったのは
そこにあった笑顏だけでした
それだけで僕はどこまでも
行ける気がしてたんだ


隅田川花火が咲いて
その真下で出会いと別れ
あなたがくれたその全てに
ありがとうって聞こえますか

 

こちらも聴ける動画がありませんでしたので、歌詞の紹介しかできません。

 

これはamazarashiなりのラブソングです。

 

前半では隅田川を彼女と一緒に見ていた主人公ですが、最後の部分では一人で隅田川を眺めています。

 

悲しめのラブソングですね。

 

ぜひアルバムを買って聴いていただきたいです。

 

それでは、また逢う日まで…

 

(追記)

次回こそは「H2O√aaaCSE」について書くと思います。

 

f:id:ame-sara1126:20170401223448p:plain

【サクラノ詩】応援中!